1919年9月1日、
モリス・ヒルキット率いる
アメリカ社会党の改良主義的な路線に反対して離党した左派党員により結成。当初はアメリカ共産党と
アメリカ共産労働党に分かれて出発したが
1921年5月に統合した。発足時点の党員のほぼ7割はアメリカ
国籍を持たない
外国人、とりわけ
東欧系ユダヤ人で占められていた。穏健派の社会党がわずか4万人の規模だったのに対し、結成から1ヶ月で共産党は
アナーキストやその他の急進派も含め6万人の党員を獲得した。一時党員は数万人に達したといわれているが、1920年1月の司法長官
ミッシェル・パーマーによる一斉検挙によって数千人の党員が逮捕され、特に海外生まれの党員は国外追放されて大ダメージをうけ、1920年代は沈滞する。共産党は地下活動を余儀なくされ、当局の弾圧を避けるため何度か党名を変更した。