|標高=4,810.9
アルプスは、
モンブランの他、
マッターホルン、
ユングフラウなどの高峰を有し、最高部は
氷河に覆われる
交通の難所である。しかしイタリアよりヨーロッパ各地域へ通じる要路に位置するため、
戦争、
交易、
中世には
巡礼、
大学生、近世においてはまた各地を見物するための旅行者など、多くのものがアルプス越えを行った。
古代から中世にかけて主に用いられた
峠を西から列挙すれば、シンプロン峠(サンプロン峠と読まれることもある)、
ジュネーヴ山越えの道、
グラン・サン・ベルナール峠、シュプルーゲン峠、ゼプティマー峠、
ブレンナー峠、ラートシュタッター・タウラーン峠、ゾルクシャルテ峠、プロッケン峠、ポンテッバー峠(別名をザイフニッツ峠)である。歴史を通じて最も多用されてきた峠はジュネーヴ山越えの道およびブレンナー峠であるが、各時代によって、愛用される峠は若干異なる。
アルプス越えをした有名人は多いが、そのうち最もよく言及されるのは古代カルタゴの
ハンニバル・バルカによるアルプス越えであろう。ハンニバルが実際に通った場所がどこだったかについてはいまだに定説がない。また
ナポレオン1世がイタリアを攻略した時のアルプス越えも知られている。このときナポレオンは自らをハンニバルになぞらえて鼓舞したという。なお、ナポレオンがイタリア攻略の際のアルプス越えで利用したのは、
グラン・サン・ベルナール峠である。このアルプス越えの時のナポレオンの雄姿(白馬に騎乗した姿)を、ナポレオンに仕えた宮廷画家の
ジャック=ルイ・ダヴィッドが、「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」として描いている。
漸新世から
中新世にかけアフリカ大陸がヨーロッパ大陸へ衝突したことで、
白亜紀に
テーチス海で堆積した地層が圧縮され盛り上がって出来た。強い圧力は横臥褶曲と衝上断層により地層にナッペと呼ばれる壮大な遠方移動を生じさせた。今日の景観は過去2百万年間にあった少なくとも5回の氷期の氷河作用が作り上げたものである。最後の氷期が終わった1万年前に気候は大きく変化し、氷河は山脈の奥に後退し、アルプスの森林に巨大な花崗岩の遺石を残した。