日本語では、思考や観念、ものの見方・捉え方、表現の方法などについてもステレオタイプが使用される。決まり文句(
クリシェ)なども、類型的・紋切り型な思考のありようの表現であるのでステレオタイプである(なお、クリシェ clich? という言葉は、
フランス語では、ステロ版のことを意味するので、言葉が一見違うが、同じ内容を持つと言える)。
大衆向けの
娯楽目的の
小説や
映画、
ドラマなどでは、人物造形がステレオタイプなだけではなく、物語の構成やプロット、展開・結末などもステレオタイプになっているのが一般である。
漫画や
アニメなどでは、「Boy meets girl, and fall in love」という言葉があるが、これは最近の物語におけるステレオタイプではなく、古代の青春恋愛物語である『
ダフニスとクロエー』においても同じような構成になっている。
おたく像について「肥満体もしくは筋肉の無い痩せた体つき・内面的・偏愛的・酷い服装・バンダナに紙袋にポスター」などの「典型」を当てはめたり、
政治家像について金権政治的なイメージを第一に挙げたり、
官僚などを全く仕事をしないで税金を私的に使い込む人、
サラリーマンについて平凡でぺこぺこしている「善良」「庶民」の代表格としたり、
マスコミについて左翼勢力の巣窟であるとしたり、
経営者を横暴で搾取的なイメージ、もしくは利潤の為に
ロビー活動しかしない層など、本来各個人の価値観はどのカテゴリーにおいても幅広く分布しており、一概に特殊な価値観や指向性を持つ社会層の集合体であるはずがないのだが(社会調査によれば実態はむしろ逆で、どのカテゴリー層においても生活スタイルや性格・価値観類型の分布状況は、多少の偏りがあるものの全体的に驚くほど近似的である
[ISBN-10: 4886113192]。価値観の選別でも行われない限り、特定のカテゴリーの集団がそのまま似通った価値観を持つ人間の集まりであるはずが無い。ましてや「おたく」「サラリーマン」「
公務員」などの広範的カテゴリーが母集団での分布図と大きく差異が出る訳がないのである)、現代大衆社会においては強い影響力を持つマスコミの報道や議論構成が本質的に強くこの発想に依存しており、メディア寡占の強い日本ではこの思考枠組みが極めて広く用いられているのが一般的である。また、そのマスコミについても、世俗的で反権力を標榜しながら自己組織の権威を強要する横暴なステレオタイプ像、大衆に対して敵愾心を煽ってけしかける卑劣なイメージなど、彼らそのものに典型像を持たれていることも多い。
特に
差別意識(
精神疾患患者に犯罪予備軍的なイメージ像、オタクなどにも同様)が根底にある場合も多く、マスコミでは「視聴者に喜ばれるから」「分かりやすいから」等の理由で意図的にそのイメージ像に則った報道を行うことが非常に多いが、その結果、カテゴリー集団が社会的マイノリティー化されてその他一般大衆との間で摩擦を引き起こしたり、思想的には全く無関係なイデオロギー色を帯びたり、適切な議論を遠ざけ感情的解釈(妥当とは言えない法規制や、根拠のない
権利濫用など)や集団を作り出したりする原因ともなっている。