(注)ただし、これは通説であるともされ、11世紀初頭までの東ローマは社会階層間の流動性が高く、
バシレイオス1世のように農民から皇帝になるようなこともあった。また、11世紀後期の
コムネノス王朝以降は、むしろ地方の大土地所有者の力が強まって西ヨーロッパの封建制度に近い状態になっている。また東ローマ帝国滅亡後、
モスクワ大公国の
イヴァン3世は「
ツァーリ」と称したが、ツァーリは東ローマ皇帝のほかに
キプチャク・ハーン国ハーンのことを指す言葉でもあり、イヴァン3世がローマ帝国の継承まで志向していたかどうかは疑わしいとする意見も有る。