専門学校令は、
1903年(
明治36年)
3月27日に勅令61号として発令された。この勅令が発令された当時、日本における
高等教育のうち高等専門教育を実施する教育機関に関しては統一された法制度が制定されていなかった。そのため、文部省は
旧制専門学校(以下、本稿では専門学校と略す)の設立が申請されるたびに個別に認可するかどうかを決定する状況であった。しかし
旧制中学校が法的に整備され、高等専門教育を望む者が増加すると
私立学校を中心に専門学校の設立申請が相次いだ。そこで統一した基準を定める必要が生じ、専門学校令を発令することとなったのである。
専門学校令は、第一条において「高等ノ学術技芸ヲ教授スル学校ハ専門学校トス」と専門学校の大枠を定め、続いて「専門学校ハ特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外本令ノ規定ニ依ルヘシ」と専門学校に関してはすべてこの勅令で管理することを宣言している。
第二次世界大戦中の
1943年(
昭和18年)
2月16日、専門学校令の改正および実業学校令の廃止により専門学校と実業専門学校の区別は廃止され同じ「専門学校」として扱われることとなった。翌
1944年(昭和19年)には各種の専門学校は経済専門学校(旧高商)・工業専門学校(旧高工)・農林専門学校(旧高農)・外事専門学校(旧外国語学校)などと改称。官立学校については各学校種別の共通規定が制定された。戦後の
1946年(昭和21年)には「官立専門学校官制」が制定されている。その後、
学校基本法制定により
1947年(昭和21年)
3月31日をもって廃止された。