1958年に旅客列車の気動車化を実施し、1959年9月22日のダイヤ改正時点では9往復が運行されていたが、利用客減少のため
1961年10月1日改正で旅客列車は蒸気機関車牽引の客車列車2往復のみとなり、翌1962年5月14日を最後に旅客営業が廃止された。その後も貨物輸送は続けられたが、輸送量の減少により1985年8月下旬から貨物列車の運行がなくなり、同年11月3日・4日に
さよなら運転として臨時列車「さよなら手宮線手宮号」が運行され、翌日付で廃止された。
・ 現在、廃線跡のほとんどが保存されている。
踏切も残っており、踏切での一時停止の不要を知らせる看板もある。手宮駅跡は「
小樽市総合博物館(鉄道・科学・歴史館)」として活用されているほか、手宮線を
LRTとして復活する提案が地元の「小樽まちづくり協議会」を中心になされている。
・ 全線廃止後の
1986年に、一時的ではあるが手宮線は復活を遂げた。同年
10月3日、手宮駅跡にある北海道鉄道記念館(現:小樽市総合博物館)に
静態保存されていた
蒸気機関車の
C62形3号機を、
動態保存化のため
小樽築港機関区に移動させる際に旧手宮線が再整備の上で使用された。この時にC62形を牽引した
機関車は
DD16形15号機である。旧手宮線区間では速度15km/h制限で、絶えず
警笛を吹鳴しながらの走行であった。後日、国鉄は北海道鉄道記念館に対して鉄道車両を計32両譲渡しているが、その際にも旧手宮線を使用して車両を送り込んでいる
[鉄道ジャーナルNo.240 1986年12月1日発行]。