第17条は
ストライキを制限するものであったが、大正15年(
1926年)法律第58号により削除された。また第5条では、軍人及び警官、神職僧侶や教員などと共に、女性が政党などの政治的な結社へ加入すること、また政治演説会へ参加し、あるいは主催するという、集会及び結社の自由を禁じた。そのため同法制定直後には早くも改正を求める請願運動が起こる。改正運動は執拗に続き、大正11年(
1922年)3月には集会の自由を禁じた第5条2項の改正に至った(
治安警察法第五条改正運動)。しかし女性の結社権を禁じた5条1項は残されたため、婦人団体を中心に、治安警察法5条全廃を求める運動がその後も続いた。
この法令を施行し、それに反発する者を取締る為、今までの威圧的・牽制的な警察体制はますます強化され、戦前の警察による市民弾圧の側面もよりいっそう強まった。そして市民の警察官に対する「厳つい」というイメージもよりいっそう強まっていった。