難民の地位に関する条約(なんみんのちいにかんするじょうやく)は
1951年(昭和26年)
7月28日の
難民及び
無国籍者の地位に関する
国際連合全権委員会議で難民の人権保障と難民問題解決のための国際協力を効果的にするため採択した
国際条約。効力の発生は
1954年(昭和29年)
4月22日。正式な名称は“Convention Relating to the Status of Refugees”。この条約を補充するため
難民の地位に関する議定書が作成され、1966年につくられ、
1967年10月4日に発効した。
2006年10月現在、加盟国数は条約・議定書ともに143カ国。
第二次世界大戦によって人類は人的損失、物的損害、精神的惨害など多様で多大な被害を受けた。この大戦の結果(一部にはそれ以前の時点でもすでに戦後と同規模の難民が発生していたとする論者もある)、政治的、社会的な変動がドラスティックに展開した。そのなかでも大きな変動としてあげられるのが、欧州における人類史上稀にみる大規模な難民の発生である。条約以前の段階でも既に
1920年代の初頭から難民を保護するための国際的な条約や取り決めや難民を救済するための施策がとられていた。
しかし、難民の規定という問題点があった。具体的には、難民の範囲や難民への救済策、難民の保護の内容などが限られており、有効性にも不安があった。また、それらの取り決めや条約に参加する国も少数であったため、第二次世界大戦を機に生じた多くの難民を保護するには到底十分なものとはいえないものであった。それは保護、救済されない難民があふれることで現実的な問題としてその解決が国際社会に求められるようになった。そして、それらの状況を背景にして難民問題を現状よりも広汎な国際社会の協力の下で行うべきであるという考えが国際社会全体で高まった。
難民問題は戦後にできた国際連合において議論されることとなった。最初に議論となったのは難民の地位に関する問題であった。それを議論するために、
国際連合経済社会理事会の下部委員会の
人権委員会によってその問題が提議され、その結果、
1948年に経済社会理事会は「
国連事務総長に対し無国籍者の保護状況について調査することを要請する」旨の決議を採択した。この決議を受けて作成された事務総長の調査報告に従い、経済社会理事会は
1949年(昭和24年)に「難民及び無国籍者の地位に関する条約を作成することが望ましいか否かを検討し望ましいならば案文を準備するための
アド・ホック委員会を設置する」旨の決議を採択した。この決議によって設置されたアド・ホック委員会は
1950年(昭和25年)に難民の地位に関する条約及び、無国籍者の地位に関する議定書の草案を起草した。草案は、経済社会理事会の検討を経て、第5回国際連合総会に付託された。総会では、「この条約案及び議定書案についての討議と採択のための Conference of Plenipotentiaries (全権委員会議)を開催すること及び同総会が別途採択した同条約第一条案を同会議で検討することを勧告する」旨の決議を採択した。ここで注目されるのは、この条約の検討及び討議、採択などが国際連合総会ではなく、全権委員会議で行うこととした点である。その理由は、この問題は国際連合加盟国のみの参加では不十分であり、加盟していない諸国にも広く参加を求めるためであった。
無国籍者の地位に関する議定書は、難民条約と同時には成立せず、さらに詳細な検討が行われ、難民条約発効の年である1954年に国際連合無国籍者に関する会議の審議を経て、「無国籍者の地位に関する条約」として採択された。